2000年4月1日:更新
県史跡 小川城址

小川城址は、信楽町大字小川字城山に所在している。
本城の歴史は、嘉元3年(1305)に鶴見氏によって
築城されたとの伝承があるが定かではなく、戦国時
代には多羅尾氏の勢力下に入り、文禄4年(1595)
豊臣秀次事件に連座し鎮地を没収されたため廃城と
なった。
現在の遺溝は、昭和53年度から54年度にかけて
実施した発掘調査によって、出土遺物から16世紀
後半に改修されたことが判明し、当時の城跡には
前例のない構造の礎石建物跡がみつかっている。
遺溝から推測すると、この時期に多羅尾氏の元で
西北方向に展開する[西之城/中之城]と共に大規模
な改修を受け、一体となって機能していたことが考
えられる。
また、天正10年(1582)の[本能寺の変]の際、徳川
家康が三河に逃げる途中信楽で一夜を明かしたのは
本城であったとも伝えられている。



その小川城跡のふもとに[まかしら穴窯]があります。