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小川城址は、信楽町大字小川字城山に所在している。 本城の歴史は、嘉元3年(1305)に鶴見氏によって 築城されたとの伝承があるが定かではなく、戦国時 代には多羅尾氏の勢力下に入り、文禄4年(1595) 豊臣秀次事件に連座し鎮地を没収されたため廃城と なった。 現在の遺溝は、昭和53年度から54年度にかけて 実施した発掘調査によって、出土遺物から16世紀 後半に改修されたことが判明し、当時の城跡には 前例のない構造の礎石建物跡がみつかっている。 遺溝から推測すると、この時期に多羅尾氏の元で 西北方向に展開する[西之城/中之城]と共に大規模 な改修を受け、一体となって機能していたことが考 えられる。 また、天正10年(1582)の[本能寺の変]の際、徳川 家康が三河に逃げる途中信楽で一夜を明かしたのは 本城であったとも伝えられている。 その小川城跡のふもとに[まかしら穴窯]があります。 |
